昨日、ドラマ『三匹のおっさん2』が最終回を迎えました。
ご覧いただけたでしょうか?
楽しんでいただけていたら幸いです(*^_^*)
ある場面で「自分の弱さを認める強さ」という台詞が出てきます。
これは『ヒア・カムズ・ザ・サン』でも書いた言葉なのですが、私にとってたいへん大事なキーワードなので、脚本の中にも織り込んでいただけたことがとても嬉しかったです。
自分の弱さや過ちを認めることはとても難しく、認めることにたいへんな勇気を必要とします。
それでも、認めないと決して前には進めない。
矛盾しているようですが、自分の弱さを認めたときに、人は初めて本当に強くなれるのではないかと思います。
『空の中』でも、「間違いを認めないまま、前に押し進んでも、間違えなかったことにはならない」という趣旨の言葉を、私の愛する川漁師に言ってもらいました。
『フリーター、家を買う。』では、インタビュアさんに何度も「誠治の駄目っぷりがあまりにもリアルなんですが、モデルはいらっしゃるんですか?」と質問され、そのたびに「私自身がモデルです」と答えました。
言い訳ばかりで努力せず、見せかけの謙虚さで体裁だけ取り繕い、取り繕えなくなったら逃げ出して、どんどん堕落して……という駄目人間・誠治のモデルになれるくらい駄目だった私ですが、自分の駄目なところ、弱いところを認めたときに、初めてそれまでの自分より少しはマシな自分になれたような気がしました。
そして、自分の弱さから目を背けている間は、絶対に前には進めないんだということも分かりました。
作家になれたのは、自分の弱さをギブアップのような状態で認めた後のことです。
自分の弱さを認めたとき、私は初めて夢を目指して歩く権利を手に入れたのだと思います。
それまでの私は、夢を言い訳に利用する怠惰な子供でしかありませんでした。
怠惰な子供は、まだ私の中に生きています。
油断すると目を覚まし、むくむくと動きはじめます。
私は、一生この怠惰な子供を律するための戦いを続けなくてはなりません。
勝ったり、負けたり、引き分けたりを、何度も繰り返すのだと思います。
私は心弱い人間なので、人生の最後に「辛勝だったな」と思えたら上等かな、と思いながら、今を生きています。
「自分の弱さを認める強さ」は、十牛図の牛に似ているような気がします。
牛を手に入れるために旅立ち、足跡を見つけ、姿を見て追いかけ、縄をかけて捕らえ、乗りこなしたと思ったらまた逃げ出し……牛を連れて家に帰り、牛を手に入れたことを忘れる境地に至るのは、一生かけても難しいのかもしれません。
私はせいぜい、絵の一枚目から五枚目くらいまでを、ぐるぐるぐるぐる、何度も巡っているような気がします。(うろ覚えなので、解釈まちがってたらすみません)
「ああ、また牛を逃がした」と、これまで何度思ったかしれません。
だから、私はこれからも、「自分の弱さを認める強さ」を、自戒として、目標として書いていくのだと思います。
毎日、自分の弱さとの戦いです。
今日は勝ったかな、負けたかな。
明日は勝つかな、負けるかな。
戦いを意識せずに済む日は、生きているうちに来るかな。
パワフルな最終回を観ながら、そんなことを考えました。
このテーマを、このキャストさんたちに演じてもらえてよかったな、と思います。
全体的に、いろいろ至らない私ですが、もし、そんな私の書いたものが誰かに届くとしたら、こんな嬉しいことはありません。
私の大切な人たちにも、「自分の弱さを認める強さ」が届けばいいなと思います。
さあ、明日も戦いに行こう。
私の中に眠っている怠惰な子供は、手強いうえに、すぐに目を覚まそうとするので、たいへんです(笑)